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10代後半と音楽

今日は12時過ぎから図書館の読書室で融資申請のための企業概要書を作って、17時過ぎに帰路についた。

 

かなり財布が寂しいので帰りは1時間かけて歩いて帰った。

気温もちょうどいい感じだったので、昔(大昔か)学校の帰りに歩いて帰った急斜面の坂のあるルートで帰った。

 

帰路、自然と好きな歌を口ずさんでいた。

 

大人になってから自分の稼いだ金で沢山の作品を買って、同じくかなりの数のライブに足を運んだ。音楽は深く掘れば掘るほど素晴らしい作品に巡り会えて、その発見も実際に音楽を聴くことと同じくらい楽しかった。

 

それでも、こんな自己存在の危機のような切羽詰まった状態の中で意識せず自然と口ずさんでしまうのは、どれも10代後半(のさらに後半)に聴いた歌ばかり。

 

自分は10代前期から18才になるまで、音楽に救ってもらったと思っている。

救ってもらったの意味を解説するのはとても長くなるので、誤解されるのを良しとして短くいうと

音楽を聞き続けることで自殺しないで済んだ。

 

今では思春期にみられるソレ系の話ということで事務処理できるが、当時はまさに死活問題だった。

 

音楽に身の周りにの現実には存在しない救いを求めていたんですね。

学校とか、異性とか、将来像とか、そして親からの評価を否定してくれる何かを求めてひたすら音楽を聴き続けましたね。(音楽に逃げたとも言うのかも)

 

当時は最初の「学校」生活に対してのアンチを求めていた感覚が強かったけど、今日思ったのは、根底には父親の自分への無関心に対して抗っていたのではないかなと。

 

いずれにしても、自分は父親と同居しない方がお互い心穏やかに暮らせるのは確かだ。彼もそれを望んでいるはずだ。

ググったら、誰の言葉か知らないけどこんな言葉が見つかった。

 

「愛の反対は憎しみではなく、無関心」